【オランダ/ハーグ】「やりたい人がやればいい」で基本オッケー

こんにちは!
私は時々娘の小学校の交通当番(?)なるものをやっています。オランダあるあるですが、オランダの小学校は日本のそれと比べると、「え?これ小学校ですか?」という外観のところも少なくありません。

娘の小学校も例外ではなく、細い通りの家々の間に突如校舎が現れます。そして、小学校の真両隣は普通に住宅です。よって、その通りには近隣の人々が住んでいて、この国ではお馴染みの縦列駐車で自家用車が停まっています。

私が担当する”交通当番”は、15時頃のお迎えの時間帯に道の入り口に立ってこの通りを通り抜けしようとする車を止めること。学校前には下校中の保護者と児童生徒がいるので、住んでいる人以外の車を一定時間立ち入らせないという目的で立っています。

立番を決めるのはクラスの保護者の仕事

ということで、この交通当番は学校全体で担っています。曜日別でクラスが決まっていて、木曜日の下校時は娘のクラスの担当です。その当番を決めるのは、学校ではなくクラスの保護者が担っていて、今回このACペアレントと呼ばれる保護者は、新学期が始まるとGoogleスプレッドシートをクラスのWhatsApp(LINEの海外版)グループでシェアして、「立番できる人どんどん名前入れていって〜」という具合で保護者たちが名前を入れてきました。

それと同時に月に1回くらいある、校外学習に引率する保護者の欄もあって、引率したい保護者はそこに名前を入れていくシステムです。立候補者が多い場合はできるだけ機会を均等に割り当てるようにしたり、保護者の名前を書いた紙でくじ引きをする動画をWhatsAppに送ってきたり(笑)で、フェアに行われているように思います。

結構な頻度で立つ私

ふとこの間、そのGoogleスプレッドシートを見てみると、立番がポツポツいるも、空欄が多いことに気がつきました。私はできるだけ当番を担うようにしているのですが、まぁやならい人はやりません。笑

うちは在宅で仕事をしているので、お迎えの時に当番に立つのは全く問題なくできます。ということで、すでに3回〜5回くらいはやっていると思います。他にも仲良くしているママが結構頻繁に立ってくれていて、私たちは心の内を理解しあうように(笑)、

「今日立番やから、うちの娘道の端っこまで連れてきて!」
「おっけ!」

というかたちで、お互いに助け合っています。

この当番のめんどくさいところは、子どもの担任に、
「今日は立番なんで、○○のママがうちの子を迎えに行きます!」
とアプリ経由で伝えないといけないところ。

まだ1人で登下校ができる年齢ではないだけに、連れ去りの観点から、担任はその子の保護者以外の人に子どもを渡すわけにはいかないからです。

「全然やらへん人いるねん!」と言うママ

そんな今日も、私は小雨降る中、道に立っていました。本来なら、”schoolstraat”と書かれた看板を道の真ん中に立てないといけないのですが、時間ギリギリに行った上に、看板の解錠をするのもめんどくさくて、自分の自転車を道にでーんと置いていました(ちゃんとやれ)。

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車が通り抜けできないように自転車を置く私。
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本当はこれをこれを置かないといけない。

通りすがりの知り合いのパパママには「菜央らしいね!」(どういう意味やねん)と言われたりしながら、とりあえず子どもたちの安全を確保しているつもりです。←

そこに、娘のピックアップをお願いしていたママが自分の娘たちと私の娘を連れて歩いてきました。
「ありがと〜!この当番のために裏の当番表がいると思わん?」
と言った私に、
「いや、まったくそれな!」
と、ママは笑いながら答えていました。

「下の子のクラスでACペアレントやってるけど、全然立ってくれる人おらんのよ。お迎えのたった15分前くらい来れると思わん?!在宅の人少ないんかな〜」と言うママ。

「ACペアレントも大変でんな」
と、労いの言葉をかけておきました。

「でもまぁ、やれる人がやれば良いしね。だいたいこの辺通る人はこの時間帯に通り抜けできないことはわかってきてるし、本当に大変になってきたら、また皆んなで考えれば良いわ」とのこと。

まったくその通りで、立ってない日が多くなってきて、何か問題が生じたら、その時対処すれば良いのです。

基本「やりたい人がやればオッケー」で大丈夫

私は比較的時間に融通が利いて当番を担える訳ですが、当番自体が「億劫なこと」と捉える人もいると思います。例えば、車が曲がろうとするたびに「ここにお住まいの方ですか〜?」と聞くのも気が引けたりする人もいるだろうし、道に立っていたら複数の保護者がそこを通っていくので、そういうところに立ちたくない人もいるかもしれません。

私はその辺、結構平気な方で、行き交う保護者に、
「菜央、ありがとう〜!」と言われたり、「元気?」と立ち止まって話をしたりするのが楽しいと思っている方です。だから、他の人が当番を担わないことは別にどうでもよくて「不公平だ!」とはこれっぽっちも思いません。

「私はやりたくてやってます」

それ以上でもそれ以下でもないから、他の人は別にどうでも良いと思いながら、子どもたちのためだしと思ってやっています。そして、当のACペアレントも「この日の当番が埋まっていない!」なんて思ってクラスの当番表を見ていないのも明らかです。笑

いるべき人がそこにいないことも結構あるし、そのママが言う通り問題が起きたときに「はい、見直しましょ」とまた議論を始めたら良いもんだと思っています。そして大体のことはそれで大丈夫なのです。

変な平等性と、変な公平性が事態をややこしくする

一方で、これを平等性や公平性などと言い「誰も等しくやること」を強制すると、事態は急にややこしくなるように思います。良かれと思って配当している方は「これこそ正義!」と思ってやる訳ですが、人によって状況や考え方は様々な訳で…

しかも、その中に「やりたくないけどやる(やった)人」が混ざっていると、例外的に免除になった人に対して「私はちゃんとやったのに!」と文句を言う人が現れ始めたり。

基本的に「主体性のない集団」の中では平等性や公平性を盾にした方がシステムを回す上で楽になる訳ですが、結局その中に「やりたくない人」が混ざっていることが多く、同時に「やりたくないのにやる人」も発生するので、「はて、これって本当にフェア?」みたいな状況が生まれやすくなります。

かと言って「主体性のない集団」で「やりたい人」を募ってみると、「やらなくて良いのならやりたくない」という人が現れ「それに追随できるなら是非それで…」と、急に、全体的に消極的な人の集団になってしまったり。

余談ですが、それでいて「子どもには主体性を!」なんて保護者がそういった集団にはいたりするので、ちょっと笑ってしまうこともあります。苦笑

…ということで、これから先この当番が続行されるのか、いつか問題が起こり何かが改められるのか…それはわかりませんが、基本的な主体性が根本にあって、「やりたい人がやればいい」で回るシステムって結構楽だなと思っています。

この記事を書いたボーダレスライター に
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三島 菜央

Nao Mishima

  • 居住国 : オランダ
  • 居住都市 : ハーグ
  • 居住年数 : 5年
  • 子ども年齢 : 8歳
  • 教育環境 : 現地公立小学校

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