【オランダ/ハーグ】先生の対応はそれぞれ違っても良い。

こんにちは!少しずつ寒くなってきたことで、朝は電気ヒーターを稼働させることが多くなってきました…とはいえ、オランダの光熱費は爆上がりしています。政府もそれなりに対応をしてくれているようには感じますが、単純に光熱費は(すでに)去年の倍になっていて、これから寒い季節になるとどうなるのやら…と不安に思っています。

新学期が始まって1ヶ月以上が過ぎ、あと2週間ほどすれば秋休みに入ります。日本で言うところのGWのようなものでしょうか。オランダでは毎年クラス替えが行われず、ただ担任だけが変わるというような学校も少なくありません。そして時に「先生の対応」も変化するのです。

ハッピーオーラ全開だった前年度の先生

昨年度、娘がgroep3(小学校1年生)だった時、クラスは複数担任制で、教師になりたての先生が週4日を担当し、ベテランの先生が1日を担当するという学校生活でした。こういった教師の働き方はオランダでは珍しくなく、むしろフルタイムで月〜金まで担任をする教師の方が少ない状況です。

4日間を担当する先生はハッピーオーラ全開の若い先生で、子どもたちと同じようにテンション高く色んなことを楽しむ先生でした。小学校1年生と言えば、こちらでも読み書きが本格化する年齢なので、少しは幼稚園要素のようなものを持っている先生の方が子どもたちにとってはプレッシャーがなく良いのかもな〜。なんて思っていました。

少しクールで堅実、仕事しっかりタイプの先生

一方で、今年はフルタイムの担任に変わりました。保護者会で感じたのは昨年度の先生とタイプが大きく違うこと。少しクールで、お世辞にも「ハッピーオーラ全開」とは言えず、思いっきり笑顔を振りまくような先生ではありません。でも、話をしてみると、非常に真面目で、「きちんと仕事をする人」という印象を受けました。

年度当初、娘に話を聞いてみたことろ、やっぱり「前の先生とはちょっとタイプが違う」とのこと。でも、「ちょっとかっこいい感じが好き!」と娘は言っていました。色々話を聞いてみると、乗馬をしていたり、動物の世話が好きだったり…と、先生の人柄が見えてきます。

保護者連絡の頻度が大きく違う

新年度が始まって気づいたのは、アプリを通して送られてくる子どもたちの様子の写真が激減したことです。昨年度の先生は定期的に子どもたちの写真を撮って保護者アプリに写真を送ってくれていました。

一方で、今年度の先生はその頻度がかなり少ないと感じます。そんな話を義則(夫)としていたら、娘が一言。

「juf(先生)が言ってたで。jufがパパママに写真を送るんじゃなくって、子どもたち(私たち)がパパママに学校で何があったかを話すことの方が大切なんやで。って」

これは保護者に写真を送るのが面倒な先生側の言い訳なのか(笑)、でも確かに担任から学校の様子の写真が送られてくるのも良いですが、子ども自身が学校で何があったかを保護者に伝えられることを大切にするという教育観は私も好きです。

「人によって違う」は当たり前

「日本はサービスが非常に(均一に)行き届いている」

これは私がオランダに暮らし始めて痛感したことです。すでに1000以上の「いいね」をいただいている私の記事にもそのようなことを書きました。これだけ多くの方々が「いいね」を送ってくださるということは、日本にお住まいの方々の中にも記事の内容にどこか頷ける部分があるのかもしれません。

とりわけ、教育に関して言うと保護者や生徒は学校に「これまでと同じ」を好むように感じます。例えば、保育園の連絡帳を非常に熱心に書いてくれていた先生から、文章が短い先生に変わると「前の先生と同じようにしてもらえませんか」と言う保護者も多いそうです。

無論、文章を多く書かない保育士に関して、子ども自身がその対応に不平を多く漏らしたり、保護者として「?」と思う対応があれば保育所に意見することはあっても良いのかもしれません。

でも、そうでなければ人が異なるということは、対応が異なるということだと許容することも時には必要なことだと感じます。

マイナスばかり見ず、プラスを見るようにすれば楽

今年度に入ってから、学校での子どもたちの様子があまり見えなくなった訳ですが、先生が子どもたちに伝えた通り、子どもに話を聞けば学校のことを色々話してくれるようになったと感じます。年齢が上がったことで、話をする力もついてきているのかもしれません。

確かに担任に対して「ちょっと物足りないな〜」と思うところはあっても、保護者会できちんと彼女の意見を表したり、教育活動についてはっきりと説明してくれていたこと、フルタイムで月〜金まで勤務してくれていることや、娘から聞く担任とのエピソードを総合すると、娘が毎日楽しく学校に足を向けているだけで、先生は十分きちんとやってくれているな〜。と感謝の気持ちが生まれてきます。

落ち着いて考えれば「昨年度と違う」はポジティブな変化にも現れていると感じるのです。

一般的な生活の中でも「今日はいつもと違うんです」がたくさんある

周りを見渡せば、日常生活の中でも「今日はいつもと違うんです」はたくさんあります。

お気に入りのコーヒーショップにコーヒーを楽しみにわざわざ足を運んだら「今日はそのコーヒーはないんです」とか(いや、コーヒーを楽しみにきたのに)、

目ぼしいセール品があって、セール開始当日に店舗へ行ったにも関わらず、「その商品はうちにはないですね」と言われたり(え、もう売り切れたってこと?)、

イベントの参加記念としてもらえるお土産を楽しみに行ってみたら、フライヤーにあったものとは違うものを渡され「これになったんです」と言われたり(このお土産のためにきたのにぃ〜)…

こんなことは日常茶飯です。もちろんそれらを楽しみにしていた子どもたちはがっかりした様子を見せたりしますが、多くの場合大人は「まぁ、これでも良いじゃん!」みたいな感じですぐに切り替えます。コーヒーがなくても、商品がなくても、大人はだいたい「お〜。そうなのか〜」と言って引き下がる様子も目にします。

「いつもと同じ」や「予定通りであること」は一種の安心をもたらしてくれますが、それを「当たり前」だと強く感じ始めると、ちょっとだけ心が狭くなると感じるのは私だけでしょうか。

「おー、そうか〜、残念だ〜」
と言って、引き下がれる人生(もちろんどれくらいの事象かにもよりますが)の方が、臨機応援に対応する力もつくし、人に優しく生きられるような気がしています。

そんな社会の様子を目にしながら、それは教育にも同様だと感じています。「先生の対応ってそれぞれでいい」
先生の良いところを積極的にみながら、協力して一緒に学校生活をつくっていけたらいいなと思っています。

この記事を書いたボーダレスライター に
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三島 菜央

Nao Mishima

  • 居住国 : オランダ
  • 居住都市 : バーグ
  • 居住年数 : 2年
  • 子ども年齢 : 6歳
  • 教育環境 : 現地公立小学校

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