【イングランド/ノッティンガム】国を跨いだ教育のいいとこどりは可能か?

The best of both worlds

「1年の半分はイギリス、半分は日本で過ごしたい。やっぱり夏は涼しいイギリスがいいよね。」
「子供が大学に入って家を出たら、イギリス以外の国からでも働けるデジタルノマドが理想。」
「ワークライフバランスが取りやすいのはイギリス。健康診断や手術などの医療サービスは日本に帰って受けたい。」
「毎年1週間~2週間、子供を日本の小学校へ就学させるのも一時帰国の目的。」

これらは、私の周りのイギリス生活が長い日本人女性の間でよく話題になるトピックだ。
彼女たちは結婚や配偶者の移住を機に、10年以上イギリスに定住している。
日本国籍を有し、気軽に泊まれる親や兄弟の家があり、またインターネットで世界中の誰とでもコミュニケーションができる現代では、イギリスと日本との行き来は実現可能なオプションとなり得る。

しかし、実際には時間や金銭的な制約、日本語教育や日本への定期的な帰国についての義理の家族の理解不足など、見えにくいマイナス面も存在する。
また、イギリスを長期間離れても永住権を維持したい場合、イミグレーションのルールも無視できない。

どんなプロフェッショナルになりたいか?

さて、息子の話に移ろう。
イギリスの現地中学校に通う息子は、Year7からスタートし、イギリスの中等教育を3年間経験した。
今年の秋からのYear10は、GCSE(General Certificate of Secondary Education)に向けた期間だ。この評価によって中等教育の修了資格が得られるため、イギリス人(正確に言うと、イングランド、ウェールズ、北アイルランドの14歳から16歳の生徒)にとっては重要な試験となる。

しかし、日本人である息子にとってはどうだろうか。
結論からいうと、将来のプランによってGCSEの重要性は異なる。
今後イギリスに残って大学入学資格であるAレベルを取得すると決めていれば避けては通れないが、まだそこまで決めていない息子にとって、目の前に迫っているとはいえ、それほど人生で重要なマイルストーンには見えていない。
というのも、日本の高校、大学進学という有力な代替案があるからだ。それに将来どんな分野でプロフェッショナルになりたいかを考える前に、どこで勉強するかを決めてしまうのはリスクでもある。

代替案=世界線?

この少し複雑な問題を考えるときに、ビジネススクールのケーススタディを通じて学んだ“Alternatives”という言葉が思いあたる。ケース分析では、与えられたケース内の情報から、1)状況を分析し、2)問題を特定し、3)解決策として実現可能な代替案を複数検討し、4)コストが一番小さくメリットが一番大きいなどの最良の解決策を選ぶ。

ポイントになるのが、3)の代替案の検討である。代替案を検討する際、私たちが自問すべきなのは、各選択肢のトレードオフ、つまり、特定の選択肢を決定した場合に、何を失い、何を獲得するのかということである。何かを選ぶということは何かをあきらめるということだ。

例えば、私の息子がイギリスで中学校時代を過ごすことを選んだとすると、小学校から続けてきた野球を通じて仲間と切磋琢磨することはできない。
イギリスの中学校で各教科を英語で学ぶことで英語に触れる機会は格段に増えるが、日本語での読解や抽象的な思考の機会は減る。
イギリスのGCSEにこれから2年かけて取り組むならば、日本での高校生活を同級生と一緒にスタートすることは不可能だ。
イギリスのAレベル取得を目指せば、日本の大学入試を想定する可能性は減るだろう。

アイデンティティの軸はどこに見つけるか?

このようなトレードオフは、カリキュラムや進学についてだけでなく、中学生の年齢での海外生活は、思春期やアイデンティティとも関連してくる。
変えることができない外見、ヨーロッパの中のアジア人の位置づけ、外国人としてどんなコミュニティに所属するか、本気で仲間と分かり合えると感じるか、周囲からの存在承認や幸福感はあるかなど、多くの要素が現在の心境に影響を及ぼす。

教育に関しても何かを選ぶと何かをあきらめることになったり、何かが増えると何かが減ってしまうというトレードオフはあると私は感じる。移住は総合的に代替策を評価して最良の選択肢として選んでいるはずだが、外国で過ごすことで子供が得られなかった機会やデメリット、特に見落としがちな子供の精神衛生を保護者としては認識しておきたいと思う。

息子に関していうと、イギリスに来てもクリケットよりもプロ野球の結果を気にしている。
でも先日のサッカー欧州選手権ではイングランドチームの試合を緊張しながら見ていた。

数年、数十年経って彼が振り返ってみたときに、このイギリスでの経験があってもなくても同じ世界線に収束したと捉えるのかどうか、今から興味深い。

タッチラグビーワールドカップ2024 inノッティンガム。日本対イングランド。
スポーツを通じて仲間と感情を分かち合える大人たち。

秋吉 良子

Ryoko Akiyoshi

  • 居住国 : イングランド
  • 居住都市 : ノッティンガム
  • 居住年数 : 1年
  • 子ども年齢 : 12歳
  • 教育環境 : 現地私立中学校

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