【オランダ/ハーグ】娘のboekbespreking、クラスの前で本を発表した日

こんにちは!先日、オランダの現地校(日本では小2)に通う娘がクラスでboekbesprekingを行いました。boekbesprekingは英語にするとbook reviewで、いわゆる「自分が読んだ本についてクラスの前発表する機会」を指します。

3月中旬頃に担任の先生から連絡があり、4月の中旬から5月にかけてboekbesprekingをするということが知らされました。すでに順序は決まっていて、娘が発表する日も決まっていました。

本のレベルは適切なもので

そこには「お子さんが読む本のレベルは、その子の難易度にあったものにしてください」と書かれていました。オランダでは、出版されている全ての本ではないにせよ、本の難易度が書かれていることがあります。

これは”AVI niveau”と呼ばれ、何年生であればこれくらいの難易度の内容の本が読めると良いですねという指標です。

娘は今groep4(小2)に在籍していますが、前回受け取った通知表では、娘の読みのレベルは”E4″だと書かれていました。”E”というのはオランダ語で”einde”で「最後」やここでは「後半」と解釈できます。ちなみに”M”は”middelste”なので「真ん中」ということです。

もうすぐ新学年(groep5)を迎える娘としては、まさに今が”E4″の時期なので、前回の通知表の時点で”E4″が読めていると判断されていたのは自分の子どもながらに感心しました。

ということで、娘と”E4″のレベルの本で、彼女が読みたいと思う本を図書館に行ったり、本屋さんに行ったりして探した結果、「この本にする!」と言った娘の希望に沿って、その本を購入したのでした。

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日本円にして、¥1,600くらいしました

「子どもに任せる」には「放任」と「遠くから見守る」がある

「boekbesprekingではこんなことを話してくださいね」という内容も含まれていたので、保護者にそれがきているということは、それを伝える責任は私たちにあります。

ということで、本を購入した後、娘には「こんなことを話して欲しいって書いてあるよ」ということを話しました。しかし、まだ始まってもいないこのイベントを現実に起こり得ることだと描き、7歳の子どもが「わかりました!では、今から準備いたします!」となる訳がありません(少なくとも娘はそんな子どもではありません。笑)。

まぁ、まずは読んでみないことには話す内容も考えられんだろうと思うところもあって、発表日を伝えたところで「自分で考えて読み始めておきや〜」と伝えました。

娘は(今のところ)読書好きに育ってくれたので、自分で頃合いを見て読み進めているようでしたが、それでも「人前で発表する」というところまではまだまだ想像力が働きません。何せ、1人目の発表者の予定もまだまだ先なのです。でも、私たちは急かすようなことは言いませんでした。たまに「本、進んでる?」と聞けば、途中で停滞中のこともありました。でも「そっか、間に合うと良いね」くらいに留めておきました。私たちは保護者としての責任を果たしたので、その先をどうするかは娘が決めなければいけないことなのです。

「本は読み終わったの?」とか「今から少しずつ話す内容を考えておきなさい」とか言おうと思えばいくらでも言えます。でも、それは娘が成長した先にあるべき「内発的動機」に本当につながるのか?私たちが高校で見てきた生徒たちの多くは「自らの意思で学ぶ気持ち」が育つ前に「宿題はやったの?」「勉強はしたの?」という言葉(水)をぶっかけられて、根の一部を腐らせてしまった生徒たちでした。

じっと遠くから見つめて、いないふりをして「待つ」ということができないのは、いつも大人の方なのです。我慢強くいられないのは大人の方なのです。黙っていることはとても難しいから、ついつい言ってしまった方が楽なのです。そして、最後に子どもの成長した姿(木)を見て「声かけしてきて良かった」と本気で納得するのですが、見えない部分で実はその木の根っこの一部は腐っていることだってあります。そして、保護者はそれを知らず、教育者だけがそれを知っているという現実をたくさん経験してきました(後に、受験などの大切な局面で、腐った根っこの存在を受け入れられない保護者もたくさん見てきました)。

子どもの発達に保護者として必要以上に介入することはとても容易です。一方で、放任でもない程度の距離感で適切に子どもを見守ることはとても難しいものだと思います。手っ取り早く学びを強制した方がこちらも楽です。そして、結果も見えやすいです。人にも見せやすいです。でも、その歪みは子どもがある程度の自由を手に入れられた時か、それ以降に表面化することが多いと感じます。 

そして、そんな実情があったとしても、このことを保護者に直接言うことが必ずしも善ではないことを理解している教育者はたくさんいると思います。だって、それはその生徒が望んでいないからです。生徒たちを真ん中に置いて尊重することは、教育者の最大の務めだと私は思います。

発表前日、ややのび太くん状態。笑

さて、少し話はずれましたが、長いmeivakantie(オランダのGWのようなもの)の前からいよいよ始まったboekbespreking。娘からは「今日は⚪︎⚪︎が発表したよ!」と聞くことが増えました。娘なりのフィードバックがあるようで「色々考えながら人の発表を聞いているんだな」と思いました。

娘はちょうど真ん中の順番。そして、ついに彼女の順番が回ってくる週に突入しました。このboekbesprekingは5分間です。小2で5分間とはなかなかレベルが高いことを要求するなと思います。

発表前日、「明日のboekbespreking緊張する…」という娘に、「準備はできてるの?」と聞くと「まぁね」との回答。「5分間話すってなかなか長いよね〜。ママが教えてた高校生でも5分間話すのが難しい生徒いたけど〜」と何となく言った私に、

「5分間も話せてるのかな…短いって言われてる子が何人かいたけど、私の話も短いかもしれん…」

と不安げに言う娘。笑
うん、逆に小2の子が自分の発表を時間はかって練習してたら、それはお母さんびっくりやわ。と内心思う私。←

「お母さんに聞いてもらったら?」と言う義則に、娘は顔を赤くして「パパとママに聞いてもらうのは恥ずかしいの!」とのこと。「ふーん、そうか…じゃぁ、ぬいぐるみでも並べて練習してみたら良いんじゃない?」という義則の提案に「そうか!そうしてみよう!」と言う娘。

「お母さん、話は聞かんけど部屋の外でタイマーのスタート押そうか?終わったらこっちの部屋もどってくるのはどう?」という私の提案に、「うん、そうする!じゃあ一緒に来て」と言われて、タイマーを持って部屋前へ。「いいよ!」と言った娘の声と同時にタイマーを押して、リビングへ戻りました。

リビングに戻ると、何やら一生懸命話をしている声が部屋から聞こえてきます。正直「あ、ちゃんと準備してたんや。驚」と思った私。←
私はそういうタイプの子どもではなかったな〜。

そして部屋に戻ってきたのが2分30秒頃。「終わった!」という娘にタイマーを見せて「うん、2分30秒やね!」と言うと、顔面蒼白状態。笑

「これじゃあかん!短いって言われる!どうしよう!!」と半泣き。「私なら、まぁこれで良いかとか言いそうやけど、あかんのか。笑」と思いながら、「どうしたい?」と家族会議が始まりました。

「で、どうする?」と聞いてみる

「で、どうする?」と聞いてみたら「もうちょっと長く話したい」とのこと。「そうか〜、じゃあどうする?」と再度聞いてみると、「話してる中身を増やす」とのこと。ほうほう。「じゃあ、どうやって増やそうか…」と聞けば、「私が話してるのはね」と、自分からどんなことを話しているかを教えてくれました。良いね〜。

「うんうん、めっちゃ良いやん!」と褒める私たち。お世辞ではなく、オープニングからクロージングまでちゃんと筋道を立てて話を組み立てていました。へぇ〜、すごいな。こんなことができるようになるのかい。

「でも時間が足りない…」と言う娘。「やっぱり、お母さんに聞いてもらおうかな。一緒に来てくれる?」と言いました。へぇ〜。自分で勝手に前に進むんだな〜、子どもって。すごい。

「うん、もちろん良いよ。ぬいぐるみに埋もれてオーディエンスやりますね」と言う私に娘は爆笑。そこから娘の話を聞き終わると、娘の方から「tips and topsある?」と聞いてきたのです。この”tips and tops”というのは、フィードバックを与える際に使われる表現で、「tips=改善点」と「tops=良かったところ」を組み合わせて相手にフィードバックを与える方法です。

「へぇ〜、自分でtips and topsを求めるなんて、なんと目覚ましい成長!!」と思いながら、tipsを与え、とびきりのtopsを与えました。また、あなたはすごい。お父さんとお母さんに見せずともここまで完成させたのは素晴らしいことだということも忘れずに伝えました。

「お父さんにも聞いてもらう!」

話す内容が短いのは、彼女の話口調が少し速いこと、そして本の内容の紹介が短いからでした。そこで、tipsとして「登場人物が知りたかったのと、1番好きなキャラクターについても知りたかったな〜」と言ってみると「それ、他の子もやってた!」と言い、それを付け加えたのでした。

「メモは持ったらあかんのかな?小さなメモに話す順番を書いておくとか?」と私が言うと「それは私はやりたくない」と言う娘。おぉ、そうなんね。

「他の子がやってるのずっと見てきたけど、こうした方が良いなとか、これは良くないなっていうのが私の中にあるの。メモは見たくないなっていうのが私が思ったことなの」と言うので「おぅおぅ、そんなこだわりがあるのなら、お好きにどうぞ。笑」と提案を取り下げました。笑

そこから何度かやり直しながら時間をはかってみると、4分を超えることができました。もちろん目標は5分ですが、娘は「4分を超えたい」と言っていたので、強制はせず、娘が達成したいゴールを大切にしました。これは娘の発表なのです(私たちの満足を満たす発表ではありません)。

その後、自信をつけたのか「クラスの人数は多いから、やっぱりお父さんにも聞いてもらおうかな」と言う娘。「いいんじゃない?」と義則を連れてきました。

そして、義則も加わって2人で娘の発表練習に付き合うことに。結果、2分30秒だった発表は安定して4分を超えるものになりました。

「あなたが満足しているならそれでいい」を尊重すること

2分30秒で顔面蒼白状態になった娘ですが、仮にそこで娘が「これで良いねん」と言えば、私たちはそれで納得するつもりでした。もちろん、先生から「ちょっと短いね」とフィードバックをもらうでしょう。それも「自分の学びの責任をとる」ということだと私は思います。これは私たちの発表ではなく、彼女の発表なのです。

他にも色んなフィードバックをもらうかもしれません。良いものもあれば納得できないこともあるでしょう。でも、全てが彼女にとって必要な「気づき」です。それをちゃんと真摯に受け止められる人間になるためには、大人が頭から必要以上に介入しないことが1番です。「私が自分で、自分の意思で取り組んだ」というところに「自分なりの納得」が伴うのだと思います。

大人が最初から介入した方が完成度が高くなるのはそりゃそうで、子どもに「こうしたらもっと良くなるんだ」というお手本を見せたい気持ちもわかりますが、どうも私にはその状況に「子どもは不在である」という感じがします。満足したいのは誰なのか?大人じゃない?あなたじゃない?と思ってしまうのです。

であれば、失敗も含めて「自分で気が付く」という状況をあえて経験させてあげる方が、子どもは自分で逞しく生きていける、結果的に保護者の手を離れても自分のことにちゃんと自分で対応し、責任を取れる人間として、市民として生きていけるようになるのではないかと思います。その小さな繰り返しは、ほんの小さなことの積み重ねだと思います。

経験上、自分の進路決定を自分の意思で行い、そこに自分の学びの責任を沿わせていくことができる生徒は、保護者との関係も安定している生徒でした(数としては少なかったですが)。「子どもに任せていますんで」と言うその言い方は放任ではなく、必要以上に介入していない。という意味だけにとどまっているのが特徴でした。

(とはいえ)スクリプトを見ずに自分の言葉で話すというすごさ

…さて、ということで娘は自信をつけた様子でboekbesprekingの日を迎えた訳ですが、私たちはその前夜、オランダの教育で求められるレベルの高い要求に驚いたと同時に、娘が自分が読んだ128ページの内容を何も見ずに「自分の言葉だけ」で4分間話し続けるということができたということに驚きました。

AO入試の面接で高3の生徒がスクリプトなしに話せないという状況が頻発していたことを思い返すと、これは驚異的だと感じました。もちろん、ここに至るまでにはたくさんの障壁があったことでしょう。文字を認識し、正しくスペルを書き、発音できるようになり、語彙のルールを学び、動詞の変化を知り…そしてそれはこれから先もずっと続きます。娘が話す言葉には私が気づく文法のミスも複数あります。それでも娘は「自分の言葉」で話し続けている。そこに感銘を受けました。

「たくんさん練習したからいける!」娘は、そう言って、それでもちょっとだけ不安げに学校へ行きました。大丈夫。あなたは本当によくやってる。もらったフィードバック、シェアしてくれるかな?してくれないかな?笑 それもあなたが決めたら良い。

振り返ったらそこにお父さんとお母さんがいる。いつもそこでニコニコしていてくれて、私が必要だと声を上げればちゃんと来てくれる。それ以外の時は放っておいてね。自分で何とかする力をつけているところだから。

擦り傷くらいなら自分でできる時もあるけど、血がたくさん出たらお父さんとお母さんに駆け寄りたい。不安な時は抱きしめてね。

そうやって、強制せず、必要以上に介入せず、娘が自分で歩いて行く力を信じる。そんな保護者でいたいと思うものです。

この記事を書いたボーダレスライター に
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三島 菜央

Nao Mishima

  • 居住国 : オランダ
  • 居住都市 : バーグ
  • 居住年数 : 3年
  • 子ども年齢 : 7歳
  • 教育環境 : 現地公立小学校

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