【オランダ/ハーグ】「ママはパパのこと好きだと思う?」と聞いてみたら、子どもはどう答えますか?

こんにちは!毎日快晴続きで気持ちいい季節がやってきました。先日、娘が学校からこんなお絵かきを持ち帰ってきました。

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父の日が近づいた先週、学校ではそれにちなんだアクティビティなどが増え、娘もそのムードで描いたようです。

学校でも日本語を書くことを楽しんでいるようで

うちの娘は日本語学習に関しては完全にホームスクーリングで行っています。今のところ日本への帰国の予定もないため、(週末)日本語補習校へ通う資格も本来ありません。

彼女の日本語習得は海外に住むことを決めた保護者の責任…と言っては重いですが、自分たちで子どもの言語の発達などについて調べながら自宅で言語習得をサポートしています。…とは言っても、文字を教えたことはほとんどなく「とにかく環境を整える」というところに徹している状況です。

おかげさまで、日本語だけではなくオランダ語、いわゆる文字全般に興味があるようで、書くことや読むことを楽しんでいます。学校で日本語を書いていると、友だちに「僕の名前も書いてみて!」などと言われたりするようで、本人は自分にとって日本語は「ちょっと誇れるもの」になったりしているのかもしれません。強制しないと自由にやるんだな〜。と見ながら思っています。

「保護者が教えるようにやる」ではなく「保護者がやるようにやる」

子どもというのは、本当によく保護者のことを見ています。これは、私たちが高校で教師として働いている時にもずっと感じてきたことです。しかも、保護者が「教えるようにやる」のではなく「やるようにやる」のです。

それ故、子どもは「保護者の矛盾」にもよく気がついています。自分(子ども)には厳しく言う割に自分自身には甘いことや、「あなたのため」と言いながら、本当は保護者自身が自分のために行動していることにも気がついていることも多いのです(しかし、往々にしてそれを保護者には言いません)。

そして、その積み重なった「不信感」のようなものは、幼い頃には表に出てこなくとも、年齢を重ねて大人になるにつれて”納得できるもの”と”出来ないもの”に分かれていくようにも見えます。

家族への接し方、態度、その全て

娘がこの絵を自分1人の時に描いたことを知って、私は自分たちの大切にしていることがメッセージとして伝わっていたことに喜びを感じました。

うちでは毎日「感謝の気持ち」「愛していること」をきちんと言葉にして伝えるように心がけています。私は義則に対して「大好き!」や「ありがとう!」という言葉を何度も伝えるようにしていて、義則も同様にそれを繰り返してくれています。そして、それを娘は見ています。

もちろん娘にも、日々感謝や愛情を伝えています。特別な日や状況ではなくても、
「生まれてきてくれてありがとう」や、
「◯◯のことがとっても大好き!」など、
娘がそこにいてくれることが美しく、肯定されることであるということを伝え続けています。

「私なら大丈夫」という気持ちの根底は”愛情”だと思う

「自分は(生きているだけで)素晴らしい」
「自分ならできる」

子ども自身がそう思い「ここぞ」というところで踏ん張れるとしたら、その根底にあるものは私は「積み重ねてきた愛情」だと思っています。オランダの多くの小学校では、子どもの誕生日をクラスで祝ったりする訳ですが、誕生日って別に「何かを成し遂げたから祝ってもらえる日」ではありません。

ただ、そこにいて「生まれた日」つまり、あなたが今日ここにいるだけで「おめでとう」と言ってもらえる日です。何かを成し遂げなくても、あなたは十分に美しくて、それを周囲は喜んでいる。

…こんなに無条件に「愛される」瞬間ってそんなにありません。でも、それが大切なのだと思います。もちろん「その日だけ」ではダメで、日々のプラクティスがあるからこそ、この「誕生日」が生きてくるのだと思いますが。

「ママってパパのこと好きだと思う?」と聞いてみると

「ママってパパのこと好きやと思う?」
と、私が娘に聞けば、私が義則のことをどのように思っていると「娘自身」が感じているかが聞けます。

「当たり前やん!お母さん、お父さんのこと大好きやん!」
娘はそう言いました。

「お父さんはお母さんのこと、どう思ってるかな?」
そう聞けば、
「めっちゃ好きやと思うよ。絶対めっちゃ好き」
と答えてくれました。

これが彼女に見えている風景なのだと思います。

「お父さんとお母さんは、◯◯のことどう思ってると思う?」
そう聞くと、彼女は自信満々でこう答えました。

「すーーーーっごく好きやと思う!私もだーいすき!😊」

私はこうやって時々、自分たちが愛し合う家族でいられているかどうか確かめるのって、とても大事なんじゃないかなと思っています。

また、彼女が今後、自分に対する親からの愛情に自信が持てなくなった時、まず「それを口に出して言えること」が大切です。
「自分が愛されていないと思う」と、私たちに伝えらえれる関係でいられる”安全性”が関係を修復するための糸口だと思うのです。

そして、仮にそれを口に出すことができたのであれば、何故そう思うのかを一緒に考えていかなければいけません。それは受け取り手の問題ではなく、日々のプラクティスに支障が出ているというサインなのだと思うからです。

「日々愛情を伝えるなんて、日本人には難しい」
よくそんな言葉を聞きますが、”日本人だから”難しいでしょうか?

子どもって「自分は日本人だから、日々愛情を伝えてもらえない」なんて全く納得いかないと(少なくとも私は)思っています。

子どもたちが自信を持って日々を生き、「ここぞ」という時に頑張れる背景には「無条件の愛情」が必要だと私は高校生を見ながら感じてきました。

良い時も悪い時も、私たちは彼女のことを心から愛しています。
それを知ってくれていれば、きっとまた立ち上がることができる。
「愛のある風景」を彼女の自信にできるように。これからもちゃんと想いを言葉にして伝えていきたいと思いました。

この記事を書いたボーダレスライター に
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三島 菜央

Nao Mishima

  • 居住国 : オランダ
  • 居住都市 : ハーグ
  • 居住年数 : 5年
  • 子ども年齢 : 8歳
  • 教育環境 : 現地公立小学校

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