【オランダ/ハーグ】「燃え尽きる先生」を生み出しにくくする学校づくり

こんにちは!
日本もどんどん寒くなってきているというこの季節、ついにオランダも寒くなってきました…オランダでは資源不足から、ガスの価格が去年の2倍になるとかならないとか…風邪の諸症状があれば子どもは学校を休まなくてはいけないし、ガスの価格は上がるらしいし…と板挟みに苦しんでいます。笑

さて、そんな中、この時期に予定していた学校視察が軒並みキャンセルに。というのも、オランダでは今コロナの感染者数が爆発的に増え、今日の夜にも政府がでコロナ規制を”もっと”強くするぞ!という発表をするそうです。
(実際にどの程度厳しくなるかは不明ですが)

さて、そんなオランダではありますが、子どもたちに関すること、とりわけこの時期にスペインからやってくる「シンタクラース」のイベントに関しては「イベントは全土で中止です!」ということは起きませんでした。
コロナが始まって以来最多の感染者数の今でも、少々厳しめのコロナルールの中でイベントは開催され、学校は閉まっていません。

感染者数の爆発的増加で学校でもさまざまな変更が強いられています。オランダは近年、日本と同様、慢性的な教員不足で苦しんでいますが、その苦しみレベル(?)は相当なもので、私からすると「これってかなりヤバくないですか?」というレベル。(日本も地域によってはそうだと思いますが)
そんな学校現場にも大きな業務負担がのしかかっているところです。

しかし、学校視察に行けば、教員不足にそこまで悲壮感はない場合も多く、
「まぁ、なるようにしかなんないっすよねー」という感じ。(言い方は悪いかもしれませんが。笑)

何故そんな雰囲気でいられるのか…?色々話を聞いていくと、オランダらしい?教員たちの考え方が見えてきました。

悲壮感を漂わせても、直接的な解決にはならない

「教員不足は学校にとって大きな問題ですか?」
そう聞けば、多くの先生たちが
「はい、それは大きな問題です。学校は大変です」
と声を揃えます。

それは教職員だけではなく、校長先生も。
教員の成り手不足に最も頭を悩ませているのは、学校において裁量権の大きい校長先生たちであることに疑いの余地はありません。

ただ、校長先生も含め、時に彼らはこう言います。

「まぁ、でもそんなことばかりにクヨクヨしていても仕方ないですからね。もちろん問題は深刻ですが、割り切っていかないと人生も苦しくなります」

なるほど。これが「仕事と私生活は分ける」という考え方なのかな。と。
「いつも学校のことばかりを考えている先生」が必ずしも良い先生ではない。仕事と私生活を混同し、全力で教師という人生に時間を犠牲にする人が本当に良い教師なのか?という問いがそこにはあるように思います。

「問題は大きいです。でも、悲壮感ばかりを漂わせていても、空気が暗くなるだけでしょう。そういう職場環境は教職員にとって良い環境とは言えません」

そんなコメントをいただきました。

教職員の雰囲気は直接子どもたちに感染(伝播?)する

もう1つは、子どもとの距離が中高よりもさらに近い小学校では、教職員の「心の在り方」が直接子どもたちに影響する。という考え方です。

「先生がハッピーじゃなかったら、それはほぼ100%子どもたちにいきます。だから、子どもたちを幸せにすることよりも先に、教職員にとっての幸せを考えた方が良いんです」

「まずは子どもたちのことを考えろよ!」
「子どもたちのことは後なんか!」

そんな声が聞こえてきそうですが…

「子どもを幸せにするために大人が躍起になる?そんなことより、大人が幸せやったら、それが子どもにいくんやから、その方が近道やんか!」

オランダの先生たちが言うところを関西弁で書くとこんな感じでしょうか。笑

正直なところ、私がこれまでインタビューをしてきた校長先生や教職員の中で、
「忙しくて忙しくてたまらんのです」
というようなお話をされた方は1名だけでした。

その他の方々は、
「状況は深刻ですが、まずは自分が幸せであることを大切にしています」
という感じです。

それはある意味「教師」が与える影響の大きさをきちんと理解しているからかもしれません。まずは自分を整えておくこと。それが現場の教師にとって大切なことだと。大きな規模のことは、国が、政府がやるべきこと。それぞれがそれぞれに出来ることを全うする。そんな雰囲気です。

「先生が足りないので木曜日はお休みにします」

教員不足の何が大変かというと、教員の数は減っているのに、業務量がそのままの場合、「少ない人数で業務を分担する」というのが発生することです。

特に、日本の教育現場では「業務を増やす」というのは得意ですが、思い切って「業務を減らす」ということが難しいメンタリティーの人たちが多いように思います。

「担任制なしにどうするんですか?」
「部活動は絶対になくせません」
「補習授業をしないと子どもたちの学力は下がります」
「学校行事は子どもたちにとって大切な思い出の1つなんです」

もちろん「一度に全部無くす」というのは極論かもしれませんが、
現状を鑑みて「減らす方向で動いてみる」という行動なしに「今後どうするか」が見えないことは確かです。

私が思うに、オランダ社会はこういったことが得意です。
現状に満足できないのであれば、変更を加える、調整する。それを満足するところまで続けていく。「走りながら考える」とはこのことか。と思います。

実際のところ、日本でもコロナの影響で運動会や体育大会等、これまで1日がかりで行ってきた学校行事が短縮されたことで、
「こういう在り方もいいね」
という声はたくさん上がっていると聞きます。
それはつまり、これまで頑なに変化させてこなかったことが「意外と別のやり方でも良いんじゃん?」と思えるようになったということかもしれません。

教員不足が深刻なオランダでは、最悪の場合、
「先生の数が足りないので、学校はお休みです」
ということが起こり得ます。(実際に起きている学校があります)

「学校を休みにするなんてあり得ない!せめて休みにしないために学校は何とか手を打ちなさい!」と思う人がオランダにもいることは確かで、実際に休みにしないために手を打っている学校もありますが、学校を休みにするような、一見子どもたちにとって不利益にしか見えない決断をするのは何故なのでしょう?

「燃え尽きる人」を生み出さないように

ある校長先生はこう言います。

「人数が減って大変だとしても、今いる人数でなんとかせねば!というプレッシャーは強く感じません。いや、感じないようにしています。何故なら、教職員に無理をさせることは、次のburn out(燃え尽きる人)を生み出すからです。burn outしてしまった人がどうなると思いますか?もう教育現場に戻ってこないんです。それはつまり、”人を失う”ということです。それは教育全体から見れば大きなロスです。もう戻ってこない人を生み出すことよりも、今いる人たちを大切にすることの方がよっぽど大切だし、長い目で見れば有益です。だから、今いる教職員を大切にすることが、巡り巡って子どもたちのためになると考えます。だから、無理はさせません。私は校長です。校長の1番の仕事は何か?それは教職員を大切にすることです。何故か?それが巡り巡って子どもたちのためになるからです」

私は、この校長先生の言葉が最も教育の本質を突いていると感じました。同時に”sustainable”つまり「持続可能であること」を意識した考え方であると思うのです。

もちろんこれを実行するには「教職員のチームワーク」が必須です。校長のことを理解し、教職員が同じ方向を向いてオールを漕いでいなければ、空中分解してしまうでしょう。だからこそ、日々のコミュニケーションが必要になり、コミュニケーションを中心に置くために、出来るだけ不必要な業務を減らす方向で動き続けているのだと思います。

私自身、8年間という短い教員生活の中で、精神疾患を患って離職したり休職した人を15人以上は見てきました。これは異常な数字だと思います。そして、そこから現場に戻ることはとても稀なことで、いわゆる「人を失う」ことが連続して起きていたように思うのです。そして、オランダの校長先生が言う通り、彼らは教育現場に戻ってきません。それは間違いなく、全体で見ると大きなロスです。

少子化が進み、教職員の成り手が減ってきている今、一人ひとりの教職員にのし掛かる業務はすでに限界を超えているのではないでしょうか。こんな時だからこそ「人を大切にするを中心にする学校」に立ちかえる必要があるのではないか、業務を精査し、英断が求められる時なのではないかと感じています。

この記事を書いたボーダレスライター に
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三島 菜央

Nao Mishima

  • 居住国 : オランダ
  • 居住都市 : バーグ
  • 居住年数 : 2年
  • 子ども年齢 : 6歳
  • 教育環境 : 現地公立小学校

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