【オランダ/ハーグ】それは家庭の躾か?それとも学校教育か?

「先生、うちの息子、夜中に別の学校の生徒と夜遊びしているみたいなんです。何とか言ってやってくれませんか」

「部屋にこもってずっとスマホをいじっているみたいで…何をしているのかわからないんですが、先生ちょっと聞いてくれませんか」

「私が勉強するように言っても全然言うことを聞かないんです。先生、もっと勉強するように言ってください」

こういった保護者からの相談を日本の学校現場で耳にしたのは一度や二度の話ではありません。
「先生、頼みの綱はあなたしかいない。私では役不足のようだ。」そういった雰囲気で、子どもの躾と学校教育を混同しながら歩み寄ってくる保護者は多いように思います。

「わかりました、何とかしてみます」

金八先生やGTO、ごくせんなどが流行する日本では、「熱血な先生」が好まれます。自己犠牲を払い、放課後も休日も生徒のことを想い行動する。そういった教師が「良い先生」だと思う風潮が、日本にはあるのではないでしょうか。

教師のそういった熱意が「美しい」と思えるのは、自分の幸せよりも他人の幸せを優先する人たちのことを美化する文化があるからである。

金八先生が生徒を想い、翌日の仕事にも目もくれず、連日連夜生徒のために四六時中走り回る姿が美しいと思う感覚はオランダでは見られません。

また、保護者からすると、自分の手から子どもの教育に対する責任が離れ、誰かに委ねることで、その責任の重みを感じにくくなる。それがある意味「楽で良い」と思っているのではないか。

私はオランダに住みながら、日本の教育文化からすれば、ある意味、「冷酷」とも取れる教育システムの中で生活しています。
そこで気がついたのは、保護者として「我が子の教育における責任」を強く感じざるを得ないのです。つまり、言い方を変えれば「学校に我が子の教育を預けすぎるのはご法度」という教育文化を感じています。

日本の教育は家庭教育と学校教育の線を曖昧にしている

「私はまだ3ヶ月程度しかお子さんと過ごしていないので、まだまだ知らないことが多くあります。家庭で過ごす時間の指導は難しいです。」

夏休み前に三者面談をする中で、躾と学校教育の境界線を曖昧にし、無理難題を突きつけてくる保護者に対して私はそう言っていました。その発言を「教育者としての諦めの言葉」として受け取った保護者もいたように思います。

担任としてHRクラスの40人を指導し、年間約300人の教科指導をする教諭の立場としては、夏休み前に行う三者面談でその生徒について自信を持って「知っています!」と言えることはほとんどありません。

「いやいや、3ヶ月あれば生徒のことはかなりわかるよ〜」

とおっしゃる教師の気持ちもわかりますが、それはオランダの先生たちが言う「行き過ぎた”もっと”を求める仕事」の結果なのではないか…今ではそんな風に考えるようになりました。自分の人生と仕事のバランスを崩しながら得た「生徒に関する情報」は、健全な環境で得られたものではない…

オランダの先生たちから、「教育現場における生徒と教師の健全性」について日々考えさせられています。

こちらでインタビューをしている立場からすると、1人の人間について深く知ろうと思えば、最低でも2時間はその人について話を聞く必要がある…と感じています。

仮にその時間が教育の中で十分に確保できない場合、信頼関係もなしに生徒を指導することは難しい。むしろ、15年以上の月日を過ごしてきた保護者と子どもの(健全な)関係の中でなければ出来ないこともあるのではないか。そう思います。

日本の教育は家庭教育と学校教育の線を曖昧にしている。私はオランダで先生たちにインタビューをする中でそれを強く感じてきました。しかし、その背景には日本が抱えてきた闇があるのではないかと考えています。

家庭と学校の間にある線を引くのが難しくなったのは

これは私の勝手な見解ではありますが、家庭と学校の間の境界線が曖昧になった原因の1つに、1990年代後半から2000年頃に学校敷地内で起きた悲しい事件が影響しているのではないかと考えています。

特に大阪教育大学付属池田小学校で起きた事件の時には、学校はそのセキュリティの甘さや、組織としての危機管理能力を大きく問われました。将来を有望視されていた子どもたちの未来が、それを守るはずの学校という場所で奪われた…その事件は社会においてとてもショッキングであり、学校はその責任を大きく問われたように思います。

また、神戸連続児童殺傷事件も社会に大きな衝撃を与えました。

学校で子どもたちの命が危ぶまれたり奪われたりすると、学校はその責任を問われます。それは当然のことのように思えます。しかし、学校はその責任を感じれば感じるほど、物理的な壁を高くし、セキュリティを強化し、学校の中だけで教育活動をしようと考えてきたのではないでしょうか。

それはつまり、学校の外にどんな危険があるかがわからないため、「身内の人間だけで済ました方が安全だ」と判断するようになるからかもしれません。そして、学校周辺の物理的な壁は、精神的な壁の高さへと変化してきたのではないかと考えています。

しかし、一方で学校教育に求められるものは増え続けています。学習指導要領が改められ、総合的な授業の導入、外国語活動やプログラミング、ICT教育…時代に応じて学校に求められるものは増え続けていますが、そういったものを学校はずっと「学校だけ」で抱えてきたのではないでしょうか。そうせざるを得ない時代の中で、ずっと「学校だけ」を守り抜くことを良しとしてきたのではないかと思うのです。

「何かあった時にどうするのか、本当に責任が取れるのか」

何かアクションを起こす時、学校は常に「責任が取れるかどうか」という意識と戦っています。そして、多くの判断基準は「責任が取れる物事の程度で」という方向に傾きます。つまり、リスクを取らない方向性で物事が決まりやすくなるのです。出来るだけ社会と保護者の期待に応え、無難な道を選ぶ方が良いという思考へと凝り固まっていきます。

それもこれも、社会から受け取ったプレッシャーを真摯に受け止め続けてきた結果と言えるかもしれません。

学校の中は見えなくなった、そして不信感が募った

「学校が学校だけで責任を負える分だけで…」そう思い続けた結果、学校は外への助けを求めにくくなったのではないでしょうか。

「地域に開かれた学校」と文字では謳っていても、安易に学校関係者ではない人が教育活動に参加することや、学校を地域に開放して「開かれた学校づくり」をすることは、ある意味子どもたちを危険に晒す行為にもつながる…そう思い、学校を地域に開きにくくした学校も増えたように思います。

私がかつて勤務していた学校では、食中毒の問題から、かなり制限のかかった食べ物を販売する屋台しかできなくなりました。文化祭は招待制になり、「学校の近くに住んでいるから」という理由だけで近所の人は文化祭を訪れることができません。

吹奏楽部や軽音楽部の音が校舎の外に漏れると、「うるさい!」と近隣から苦情の電話が度々かかってくることがありました。こういったことは頻繁に起こっていました。学校が地域と交わる機会が少なくなればなるほど、学校が「見守られている」というよりは「社会から監視されている」という感覚になっていきます。

話は少しずれましたが、学校が学校だけで物事を進めるようになった時、家庭や地域は「学校は何をやっているんだ」と思うようになったかもしれません。人は「よくわからないもの」に対しては、安易に不信感を募らせることができるように思います。学校という場所がクリアに見えないことで、憶測などが飛び交うこともあったようです。そして、それに拍車をかけるように、不祥事や教師による犯罪が多く報道されるようになり、ますます「学校は、教師は何をやってるんだ」という不信感につながっていったように思うのです。

学校は外に助けを求めよ、地域社会はそれを受け止めよ

学校が学校という場所を守るために、壁を高くし、セキュリティを強化し、学校だけで教育活動を担い続けた結果、社会や地域から学校という場所が見えにくくなったのでは?

それに拍車をかけるように不祥事や犯罪行為が報道されるようになってしまったのでは?

そして、「一体学校は、教師は何をやっているんだ」と思われるようになった結果、社会における「学校への苛立ち」の中で、「学校の先生しっかりしなさいよ」と言わんばかりに社会や保護者が過度な要求を学校に預けるようになったのでは?

私は今、勝手にそんな風に分析しています。

では、そういった状況を打破するヒントはどこにあるのか。
私はやはり、かつて日本の学校が本当の意味で「地域に開かれた場所」であったように、かつての学校へ戻る努力が必要なのではないかと思っています。

オランダの多くの小学校では、クラスのイベントや課外授業の時、平気で一般の保護者を頼ります。

車を出して近くの森まで子どもたちを連れて行ってくれる人、
ホリデー明けに子どもたちのシラミ検査をしてくれる人、
季節の行事(イースターやクリスマスなど)で教室の飾りつけをしてくれる人、
子どもたちの学習テーマに沿った話をクラスでしてくれる人、

時に子どもたちは自分たちの学習のために学校付近の家々をまわり、募金活動をしたり、調べ学習に協力してもらうこともあります。

本当の意味で地域に開かれた学校を実現するためには、双方向の協力が必要ではないでしょうか。学校は地域社会に助けを求め、社会はそれを自分ごととして受け止める。そして、その「健全な関係」はその地域に安全をもたらすきっかけになるのではないかと私は思っています。

子どもたちの登下校を見て「元気な子どもたちだ」と思うのか、
「今日もうるさい子たちだ」と思うのかは、その地域に住んでいる人たちがどれだけ学校を身近なものとして認識しているかによると思うのです。

家庭の躾と学校教育の線引きの曖昧さ。これは、学校と社会との距離が適切に維持されていないことによる不信感が発端なのではないか。

学校と社会が健全なかたちでつながることができる社会は、家庭と学校が互いを尊重し、依存しない関係として自立し続ける。私は今、子どもに向ける大人の眼差しがあたたかいと感じる社会の中で、そんなことを考えています。

この記事を書いたボーダレスライター に
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三島 菜央

Nao Mishima

  • 居住国 : オランダ
  • 居住都市 : バーグ
  • 居住年数 : 2年
  • 子ども年齢 : 6歳
  • 教育環境 : 現地公立小学校

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